ハワイ語を話すことが禁じられた時代に、ハワイ語を未来に残すことに生涯をかけた女性がいます。

• ハワイ語の権威、メアリー・カヴェナ・プクイの貢献

 ハワイ語を学ぶものが避けて通ることができない名前があります。その名を、ハワイ語に関するあらゆる文献に、著者として、共著者として、編纂者として見つけることができます。ハワイ民話の翻訳家、そして多くのハワイアン・ソングの作詞家としてもその人の名を目にするでしょう。91年の生涯で、50冊もの本を書き、150曲もの唄を書いた、ハワイ語とハワイ文化のエキスパート、その人の名はメアリー・カヴェナ・プクイ。

 ビショップ・ミュージアムの研究者として長年ハワイ語による文献や資料の翻訳に勤めた彼女の仕事の中でも特に重要なのが、ハワイ語辞書『Hawaiian Dictionary』。これは彼女が編纂したハワイ語の格言集『‘Ōlelo No‘eau』や、ハワイ語の地名辞典『Place Names of Hawaii』と並び、ハワイ語、フラ、ハワイ文化を学ぶ者のバイブル的な本とされています。1970年代にはじまったハワイ文化復興運動ハワイアン・ルネッサンスや、その後のハワイ語リバイバルに、これらの文献が果たした役割は計り知れません。

ハワイ文化史に名を残すメアリー・カヴェナ・プクイ（以下、カヴェナ）が生まれたのは1895年、独立国家ハワイ王国がハワイで勢力を持ち始めた白人勢力によって転覆させられた2年後でした。1898年にはハワイが米国に併合され、この土地のネイティブであるハワイ人が文化的な迫害を受ける時代を迎えます。政府や教育機関によるハワイ語使用禁止措置がその一例です。自分の生まれ故郷の土地で母国語で話すことが突然できなくなる、そのような時代の始まりとともに、カヴェナはハワイに生を受けたのでした。

 アメリカ白人の父とハワイアンの母の間に生まれたカヴェナは、ハワイ語と英語でのバイリンガル教育を受けました。10代の彼女はハワイ文化への強い愛着を見せるようになり、身辺のハワイアンがハワイ語で語るハワイの民話や神話、伝説を記録するという作業をしながら、乾いたスポンジのようにハワイの教えを吸収していきました。

 カヴェナはフラをこよなく愛していました。学術的研究とハワイ語翻訳に没頭するカヴェナは、フラのなかにすべての教えは集約されていると感じていたといいます。彼女は、カラカウア王やリリウオカラニ女王の宮廷ダンサーだったクムフラ、ケアヒ・ルアヒネという、当時最も尊敬された師からフラを学びクムフラになりました。フラを次世代に継承し、学校で教鞭をとりながらも、ほとんどの時間はビショップ・ミュージアム内のアーカイブやデスクでの翻訳や執筆仕事に費やされました。

 カヴェナが費やした莫大な時間と労力が実を結び完成したのが、サミュエル・エルバートとの共著、『Hawaiian Dictionary』（1957）。その後もハワイ民話集や歌詞集や地名辞典を続々と出版しました。

 ハワイ語とハワイアンの教えを理解するためのたくさんの資料を残したカヴェナが生涯こだわったこと、それはハワイアンと白人の血を持つ彼女が、失われ行くハワイアンの教えを、白人の技術と価値観に支えられた「知識を記録する」という行為で広く世界に伝達することでした。このような彼女の行動にハワイアンの保守的な人による批判も多かったといいます。真っ向から批判されたときには、こう返していたそうです。

「私はこれを孫たちのためにやっているのです。あなたの孫のためでもあるんです」