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2019.09.04

アーチボールド・クレッグホーン

アーチボールド・クレッグホーン

カイウラニ王女の父、そしてリケリケ王女の夫

ハワイ王国の政治・経済に深く関わり、ハワイに足跡を残した欧米人は何人かいますが、スコットランド出身のアーチボールド・クレッグホーンもその一人。ハワイ王国7代目の君主、カラカウア王の妹であるリケリケ王女と結婚し、絶世の美女と称されたカイウラニ王女をもうけています

王国政府でもオアフ島知事などの要職に就いたほか、ホノルル市民の憩いの場、ワイキキのカピオラニ公園造成の責任者となり、造園を手がけたのも実はこの人。クレッグホーンの功績は、このように意外な分野でも残されています。

左上がクレッグホーン&リケリケ王女、右下がカイウラニ王女(プリンセス・カイウラニホテルの展示より)

クレッグホーンは1835年にスコットランドで生まれ、両親とまずニュージーランドに移住。1851年、父とともに16歳でハワイに移りました。父は造園業を営むつもりでハワイに移ったものの、需要がなく、ホノルルで小間物屋を開店します。

ところが父は2年後に急死し、わずか18歳で小間物屋を切り盛りすることになったクレッグホーン。商才を発揮して店は大繁盛し、他島も含めて系列店を複数出店し、財をなすことになりました。

義兄の国王就任によって政治の世界に

後列右がクレッグホーン。隣はリリウオカラニ女王の夫、ジョン・ドミニス。前列の中央がリケリケ王女、その左はリリウオカラニ(Photo Courtesy of Hawaii State Archives)

そんな、裕福とはいえ一介のスコットランド人だったクレッグホーンが、王国の政治に関わるようになったのは、1870年以降。リケリケ王女との結婚がきっかけでした。当時、クレッグホーンは35歳、リケリケ王女は19歳。クレッグホーンにとっては2度目の結婚であり、すでに前妻のハワイアン女性との間に3人の娘がいました。

そして結婚から4年後。1874年にはカラカウアが国王に就任し、リケリケ王女の夫として、クレッグホーンもにわかに脚光を浴びることに。カラカウア王によって貴族院議員(上院議員のようなもので、国王によって指名される)と、国王の諮問委員会メンバーにも指名され、カラカウアの跡を継いだ妹、リリウオカラニ女王の時代には、オアフ島知事にも任命されています。

知る人ぞ知る庭園造りの才能

以上のようなお堅い役職以外にクレッグホーンの名を高めたのが、父親譲りの園芸と造園に対する情熱です。たとえば、ワイキキの中心にあり今ではプリンセス・カイウラニホテルの建つ一角は昔、クレッグホーン一家の所有地だったところ。10エーカーのその地は娘のカイウラニが生まれた時、名付け親のルース王女(カメハメハ大王のひ孫)がカイウラニに贈った土地で、アイナハウと呼ばれていました。

クレッグホーンはそこで造園への情熱と才能を爆発させ、バナナやパンの木など様々な南国の果実をつける樹木、500本の椰子の木、14種ものハイビスカス、バニヤンの巨木などを植え、さらに蓮の池を造り、孔雀を放し飼い。アイナハウはかつて「ハワイ諸島で一番美しい地」と謳われ、その美は今なお語り継がれているほど。リケリケ王女もアイナハウをこよなく愛し、名曲「アイナハウ」を創っています。ちなみに、アイナハウに移る前に一家が暮らしていたホノルル・ダウンタウンの邸宅も、その庭園美で知られていました。

アイナハウにはビクトリア朝の邸宅のほか、いくつものコテージがあった(プリンセス・カイウラニホテルの展示より)

余談ですが、イオラニ宮殿とクレッグホーンの間にも、ユニークな逸話が残っています。現在のイオラニ宮殿は、実は2代目。以前、そこには簡素な2階建ての宮殿がありました。1874年のこと。カラカウア王はアメリカ訪問に際し、古い宮殿の改装工事をクレッグホーンに託してハワイを出発しました。

ところが帰宅すると宮殿は取り壊されて更地になっており、カラカウア王は驚愕! というのも古い宮殿は白アリの被害が甚大で、改修の余地なしとクレッグホーンが判断したからです。改装するより一から建て直すべきとしたクレッグホーンの決断の影には、造園家として美意識があったのかもしれません。

 

右端がクレッグホーン&カイウラニ王女(Photo Courtesy of Hawaii State Archives)

さてハワイ王国が倒れる1893年まで、オアフ島知事を務めていたクレッグホーンですが、1899年には愛娘のカイウラニ王女が24歳の若さで亡くなり、傷心の日々が始まります(妻、リケリケ王女は1887年に死去)。ホノルル市の初代公園局長、カメハメハ4世&エマ王妃の設立したクイーンズ病院院長などを歴任した後、1910年にアイナハウの自宅で死去。享年75歳でした。その亡骸はヌウアヌの王家の霊廟、マウナアラに埋葬され、妻や娘と一緒に静かな眠りについています。

  • 森出 じゅん
    Jun Moride
    担当講師

    【インタビュー動画あり】
    オアフ島ホノルル在住。横浜出身。青山学院大学法学部卒業後、新聞・雑誌・広告のライターとして活動。1990年、ハワイ移住。フリーランスのジャーナリストとして活動する傍ら、ハワイの文化や歴史、神話・伝説、民間伝承を研究中。単に「美しいハワイ」にとどまらないハワイの奥深い魅力、真の姿を日本に発信すべく、執筆を続ける。イオラニ宮殿日本語ドーセント(水曜日担当)も務める。著書に「ミステリアスハワイ」(ソニー・マガジンズ刊)、「ハワイの不思議なお話」(文踊社刊)、「やさしくひも解くハワイ神話」(フィルムアート社刊)がある。
    森出じゅんのハワイ不思議生活 http://blog.goo.ne.jp/moridealex

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