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所用時間5min
2014.01.17

ポリネシア人とは

太平洋の一つの文化圏「ポリネシア」

  • アジアから太平洋への人の移動は、大きく二度あったと考えられています。 一度目は今から6万年から4万年ほど前。氷期の終わり頃、現在のスンダ列島 を東に移動し、オーストラリアへも。
     
  • 二度目のフィリピン諸島経由の移動がポリネシア人の起源になりました。 今から3,500年ほど前にサモアとトンガで育まれた文化を基に、ポリネシア人は東方のタヒチやマルケサスに移動して行きました。 そしてハワイへの人の移動は、マルケサスからと、タヒチから、二度あったと考えられています。
     
  • 現在、広大な太平洋の島々の間をポリネシア人が、いつ頃、どのように移動したのかについては篠遠博士の説のほかにも幾つかの説があります。今後この分野の研究が更に進めば、移動の時期とルートがより明確になっていくことでしょう。

ネイティヴ ハワイアンは、いつ頃、何処から来た人達なのでしょう?  ポリネシア人はアジアから移動してきた人、人種はモンゴロイドです。現在の中国南東部か台灣のあたりから南に移動した人達が、フィリピンの島々を南下して、ソロモン群島を経て太平洋の島々にたどり着いたと、現在の人類学者は考えています。そしてトンガやサモアには、今から約三千年前に人が住んでいたことがラピタ土器の発見で証明されています。ここでポリネシアの文化が育まれ、その後太平洋に広く拡散していきました。 この説と、太平洋におけるオーストロネシア語族(諸語)の話されている地域もほぼ一致します。オーストロネシア語族の一番古い形は台灣の原住民の言語ではないか、とも云われています。ポリネシア全域を含む東はイースター島、南はニュージーランド。そして北は台灣、西はアフリカ近くのマダガスカル島にまで及ぶオーストロネシア語族の言葉が話されている地域と、アウトリガーカヌーが使用されている地域がほぼ一致すると云う、興味深い研究結果もあります。

ポリネシア人移動の概念図
ビショップ博物館の展示物より

ポリネシア人は南米大陸から西に移動してきた人達ではないかとの仮説を立てた学者も過去には居ました。ノルウェーのトール ヘイエルダールはそれを実証しようと、1947年にバルサ材の筏「コンティキ号」で、ペルーから南太平洋を西へ向いツアモツ諸島までたどりつきました。しかし現在、ポリネシア人の南米起源説は評価されていません。ところが、ポリネシア人の昔からの食物のほとんどがアジア起源なのに対し、スイート ポテト(薩摩芋の類、ハワイ語ではウアラ)だけは南米起源だとされているのと、紀元後1350年頃の物と思われるポリネシアの鶏の骨がチリで発見されていることから、アメリカ大陸と東ポリネシアの島々の間には何らかの接点が有ったのかもしれません。

ポリネシア人の移動経路
篠遠喜彦博士の資料より

ポリネシアのカヌー(ハワイ語ではヴァア)は、南北20度付近の太平洋上を東から吹く貿易風の風上に向かっても航海し易い構造でした。サモアやトンガから東へ移動したポリネシア人は、タヒチのあたりから蛸の足のように他の太平洋の島々に展開していったと考えられていましたが、ビショップ博物館のポリネシア考古学の権威、篠遠博士は、島々で出土された釣り針の形態から、タヒチではなくマルケサスが分岐点で、マルケサスからハワイに人が移動した年代は紀元後500年から700年頃と考えています。 日本の本州では古墳時代後期から飛鳥時代にあたります。 その後、紀元後1000年から1300年頃にはタヒチとハワイの間に、帆を張ったダブル カヌーでの交流があったと考えられています。一方、紀元後1000年以降にタヒチのあたりから西に移動していった人々がニュージーランドに住むマオリでした。実際、ハワイ語とタヒチ語、そしてマオリ語には東ポリネシア諸語としての共通性や類似性が見られます。 遠く離れた島々への移動には、食糧を求めたり、種々の理由が考えられますが、篠遠博士は、季節によって北や南から飛んでくる渡り鳥の群れを見て、古代の人々が海の向こうには島(土地)が在ると想像しても決しておかしくないと考えています。それに冒険心と航海の知識が加われば何千キロもの大海をカヌーで移動することも不可能とは云えないのです。ポリネシアの人々は、星座や月、太陽の出入りの角度で緯度を測ることに精通し、天空が見えない時は風向きやうねりから方位を知り、遠くに見える雲や空の色、飛んでくる鳥の種類や潮の流れで陸地が近いことも察知出来る、優れた海洋民族だったのです。

ハワイアンはいつどこからやってきたのでしょう?

  • 浅沼 正和
    Masakazu Asanuma
    担当講師

    【インタビュー動画あり】
    ハワイ在住通算27年目を迎える。2001年からビショップ博物館で日本語ドーセントのボランティアを始め、2003年に同博物館の会員組織を代表する Bishop Museum Association Council のメンバーに選出され、現在に至る。他に、ハワイ日米協会理事やハワイ日本文化センターのBoard of Governor 等を務め、日布間の文化交流活動に従事している。海外の訪問国と地域の数は95箇所に及ぶ。

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