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2018.08.01

ナヒエナエナ王女

ナヒエナエナ王女

マウイ島の悲劇の王女、ナヒエナエナ

この章のポイント

  • カメハメハ大王&ケオプオラ二王妃の間に1815年に生まれ、1836年に死去。
  • カメハメハ2世&3世の妹。
  • カメハメハ3世と結婚の後、出産したが、子供は数時間後に死亡。本人も3カ月後に後を追った。

ハワイ史に埋もれた高貴な王女

ハワイの歴史の中で、「悲劇の…」と形容詞がつく王族は複数います。ハワイ最後の女王リリウオカラニ、若くして夫と息子を亡くしたエマ王妃、早逝した王女カイウラニが一例でしょう。ですがカメハメハ大王の娘ナヒエナエナ王女の悲劇については、あまり語られることがありません。

ナヒエナエナ(1815年~1836年)は、カメハメハ大王と、聖なる妻と呼ばれたケオプオラ二王妃との間の娘。カメハメハ2世、3世の妹にあたります。当時の慣習にのっとってカメハメハ3世の妻となり、21歳で出産しますが、子供は数時間後に死亡。悲嘆にくれたナヒエナエナも3カ月後に亡くなっています。

若くして亡くなっていること。そしてカメハメハ3世との結婚が、近代社会でタブーの近親婚だったこと。そんな背景もあってか、ナヒエナエナはハワイ史の表舞台からは隠れた存在ですが、「悲劇の王女」と聞いて私の頭にまず浮かぶのが、王女ナヒエナエナです。

幼い頃のカメハメハ3世とナヒエナエナ(ラハイナ・ヘリテージ博物館の展示より)

聖なる妻、ケオプオラ二王妃の忘れ形見

ナヒエナヒナを産んだケオプオラ二王妃は血筋の上で当時のハワイ王国の頂点にあり、血統的にカメハメハ大王の上に位置する高貴な女性でした。カメハメハ大王には多くの妻&子供があったものの、そんな理由でカメハメハ大王はケオプオラ二の息子達を跡継ぎに据えたのでした。

昔のハワイでは生まれた子供を養子(里子)に出す風習がありましたが、3人目に女の子が生まれた時、ケオプオラ二王妃は自分の手元に留めることに。ナヒエナエナを心から慈しんで育てましたが、ナヒエナエナが7歳の時にケオプオラ二王妃は亡くなっています。

さらに2年後には、ケオプオラ二王妃の長男であるカメハメハ2世が25歳で死去。カメハメハ3世はナヒエナエナより1つ年上で、わずか10歳で即位することになりました。両親と兄を相次いで亡くした後、幼い二人は手を取り合って激動の時代を生き抜き、カメハメハ3世とナヒエナエナの間には強い絆と愛がありました。

折しも二人が成長した時代は、アメリカ人宣教師の到来(1820年。ナヒエナエナは5歳)→キリスト教国家への変貌という、ハワイ王国が大きな変化に見舞われた時代です。実際、故郷のマウイ島で1823年に亡くなったケオプオラニ王妃は、死の床でマウイ島在住の宣教師ウィリアム・リチャーズの洗礼を受け、ハワイ初のクリスチャンになっています。

ナヒエナエナの母、ケオプオラ二王妃(ラハイナ・ヘリテージ博物館の展示より)

二つの文化の狭間で揺れ続けた人生

以上のように、昔ながらのハワイの風習と宣教師による西洋化の教育がせめぎ合う時代に生き、混乱に満ちた人生を送ったナヒエナエナ。西洋のキリスト教的価値観と、ハワイ古来の価値観の狭間で苦悶した人生でした。

そんなナヒエナエナが幼少の頃から親しんだワイオラ教会から破門されたのは、20歳の時。カメハメハ3世と同位の高貴な血を汲む女性がハワイ王国にいないことが問題になり、ハワイ古来の風習にのっとって妹ナヒエナエナとの婚姻が決まった時、リチャーズらは口をきわめて反対しました。

それでもナヒエナエナが愛する兄と結ばれると、リチャーズはワイオラ教会からの破門に言及してナヒエナエナを攻撃。ナヒエナエナが赦しを懇願しても聞き入れられず、リチャーズが破門を発表してナヒエナエナを避けるよう呼びかけた後、ハワイアンですらナヒエナエナを無視し始めたというから驚きです。

ナヒエナエナ、ケオプオラ二王妃ゆかりのワイオラ教会(マウイ島ラハイナ)

ナヒエナエナが短くはかない人生を終えたのは、その翌年の1836年の12月。カメハメハ3世の息子を出産し、3世は赤ん坊を自分の後継者にすることを発表しましたが、赤ん坊は数時間に死亡してしまいます。ナヒエナエナは悲しみから完全に回復することなく、3カ月後に死去。悲嘆に暮れたカメハメハ3世はナヒエナエナの命日をハワイ王国の休日に設定し、ワイオラ教会裏にあったマウイ王族の埋葬地モクウラに母ケオプオラ二王妃、ナヒエナエナ、赤ん坊のため霊廟を建て、8年間、霊廟近くで暮らしました。

霊廟はその後ワイオラ教会に移され、ナヒエナエナは、小さな墓地で母らと一緒に永眠しています。墓碑にはカメハメハ大王の娘とは記されていますが、カメハメハ3世と婚姻関係は記されていません。一方、カメハメハ3世はホノルル・ヌウアヌの王家の霊廟に埋葬され、その傍らには、後に結婚したカラマ王妃が眠っています。

ワイオラ教会にあるナヒエナエナ、ケオプオラ二王妃の霊廟

以上のように悲劇的な人生を生きたナヒエナエナを知る人は、今ではそれほど多くないかもしれません。ですがマウイ島ラハイナの人々がナヒエナエナを忘れることは決してないでしょう。ハワイ史の陰に隠れた若く高貴な王女を人々は敬愛し、今も慈しんでいます。


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  • 森出 じゅん
    Jun Moride
    担当講師

    【インタビュー動画あり】
    オアフ島ホノルル在住。横浜出身。青山学院大学法学部卒業後、新聞・雑誌・広告のライターとして活動。1990年、ハワイ移住。フリーランスのジャーナリストとして活動する傍ら、ハワイの文化や歴史、神話・伝説、民間伝承を研究中。単に「美しいハワイ」にとどまらないハワイの奥深い魅力、真の姿を日本に発信すべく、執筆を続ける。イオラニ宮殿日本語ドーセント(水曜日担当)も務める。著書に「ミステリアスハワイ」(ソニー・マガジンズ刊)、「ハワイの不思議なお話」(文踊社刊)、「やさしくひも解くハワイ神話」(フィルムアート社刊)がある。
    森出じゅんのハワイ不思議生活 http://blog.goo.ne.jp/moridealex

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