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所用時間5min
2018.10.22

二世ベテランズメモリアルセンター(マウイ)

2世 ベテラン メモリアル センター

マウイ島の “Nisei Veterans Memorial Center”

マウイ島出身日系2世兵士の貢献を後世に伝える

マウイ島で一番大きな町カフルイの一角に、第2次世界大戦中、米国兵士として欧州に赴いた日系2世、特にマウイ島出身者の貢献を後世に伝えるべく「2世 ベテラン メモリアル センター」が建てられています。

1982年、Maui’s Sons and Daughters of the 442nd と云う団体が設立され、欧州で参戦した442連隊に所属したマウイ出身日系2世の貢献を後世に伝えていこうと、活動を始めました。
そして、その活動拠点と、残された貴重な品々の保管と展示場所として、2世 ベテラン メモリアル センターを建てるべく運動と募金活動を進めます。1987年には、砂糖産業で発展した大企業でマウイ島に広大な土地を保有するアレキサンダー&ボールドウィン社から土地の提供を受け、ハワイ州やマウイ郡にも働きかけ、2006年に現在の建物が完成。同じ建物には老人のための施設と子供を預かる保育所も併設されていており、センターの展示場には442部隊の中隊ごとの白黒写真や、関連する資料や品の数々が展示され、2世兵士に関する講演会なども定期的に開催されています。

2世 ベテラン メモリアル センターの展示場内部

センターの入口に、442連隊の兵士として欧州戦線で戦い、命を落としたマウイ出身の兵士101名の氏名が、442部隊と100大隊の紋章と共に刻まれています。
その中に、沖縄からの移民のご子息でしょう、Masaru Tengan(マサル テンガン)の名が記されていますが、彼の大の親友で、欧州で重症を負いながらも無事ハワイに帰還したVictor Yamashitaが後に語った記録が残されています。

欧州戦線で亡くなったマウイ出身兵士の名。右の欄にMasaru Tengan の名が刻まれている。

マサルとヴィクターが、マウイ島のラハイナルナ高校の寄宿舎に入り学業に励んでいた1943年(昭和18年)、米国陸軍省が日系の志願兵を募集すると発表したことを知り、彼らは他の2世の学生と共に登録受付初日の午前中に志願。ラハイナでの徴兵式典には寄宿舎から4キロの道のりを皆で走って行ったそうです。

1500名の日系兵士の志願者を募集するポスター(2世 ベテラン メモリアル センターの展示物より)

この時、ハワイ準州全体では1500名の募集に対し1万名ほどが志願。米本土での志願者が当初の見込みを下回ったこともあり、ハワイでの枠は増員されて2600名ほどが442連隊兵士として米本土の訓練基地に向かい、米本土からの志願者と合流しています。
ミシシッピー州キャンプ シェルビーでの訓練中もマサルとヴィクターは別の中隊に所属しながらも休日を共に過ごし親交を続けました。訓練後はそれぞれイタリアに向かい、多くの死傷者を出し要員不足に陥っていた100大隊の補充兵として志願。難攻不落のドイツ軍陣地に立ち向かい、ローマの南、アンツィオに再上陸。マサルは転戦の後、ピサの南、ヴァダ (Vada) での戦闘で負傷。19歳でその命を落とします。1944年7月4日、米国の独立記念日のことでした。
別の隊に所属しながらも近くに居たヴィクターは親友の死を聞き、急ぎヴァダへ行き、マサルの最期には立ち会えなかったものの埋葬されたばかりのマサルの墓で別れを告げています。
マサル テンガンの遺骨は後にハワイに運ばれ、パンチボール国立太平洋記念墓地に埋葬されました。

1943年、イオラニ宮殿前庭に集合した442部隊兵士( Hawaii State Archives PP55-3-033-00001 )

1943年、2600名ほどの442連隊志願兵が米本土の訓練基地に移動する前にイオラニ宮殿前庭に集合した時の写真を見ると、全員が制服の上にレイをかけているのに、皆さんも気が付かれることでしょう。これは家族や友人が心を込めて紙を折って作ったレイで、2世兵士は背嚢に詰めて大事に欧州へ持って行ったのでしょう。ハワイに持ち帰られたものがこのセンターに今でも保管されています。

442部隊兵士にレイを掛ける日系女性 ( Hawaii State Archives PP55-3-028-0001 )

日本から遠く離れた米国のハワイでありながら、日系女性が442部隊に志願し出兵する若者の無事を祈り「千人針」を作ったことが知られていますが、欧州から無事帰還した兵士が持ち帰った千人針の布も、ここに残されています。

カフルイの「2世 ベテラン メモリアル センター」は、日本からマウイの砂糖キビ畑に移住し苦労の毎日を送った父母の下、日本の文化や習慣の中で育ちつつも、母国米国のために戦った日系2世兵士とその家族の思いが残る場所でもあります。

この章のポイント

  • Nisei Veterans Memorial Center は、現在のハワイ州の礎となった戦中戦後の日系2世の生きざま、特にマウイ島出身者について知るのに良い機会を与えてくれるでしょう。

付帯的な情報・発展情報

見学出来る曜日と時間が限られていますので、訪問の際にはウェブサイトなどで事前の確認が必要です。

この会館は非営利財団により運営されています。

Victor Isao Yamashita氏は、2017年7月渋谷ヒカリエでのハワイ州観光局のイベントから始まり日本各地で展示されている「ハワイ日系人の歩み」パネル展示の主催者 Nisei Veterans Legacy のByrnes Yamashita氏の父君です。このコラムを書くにあたりByrnes氏から多くの話を聞かせて頂きました。

  • 浅沼 正和
    Masakazu Asanuma
    担当講師

    【インタビュー動画あり】
    ハワイ在住通算27年目を迎える。2001年からビショップ博物館で日本語ドーセントのボランティアを始め、2003年に同博物館の会員組織を代表する Bishop Museum Association Council のメンバーに選出され、現在に至る。他に、ハワイ日米協会理事やハワイ日本文化センターのBoard of Governor 等を務め、日布間の文化交流活動に従事している。海外の訪問国と地域の数は95箇所に及ぶ。

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