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2020.08.07

リリウオカラニ女王が残した歌

ここがポイント

リリウオカラニの代表作の中から『He Mele Lāhui Hawaiʻi』『Aloha ʻOe』『Kuʻu Pua I Paoakalani』を紹介。

草花を集め紐でつないだり編んだりしてつくるのがレイ。レイを作る人をハク・レイと呼ぶ。
同様に、言葉を選び集めてメレ(うた)を紡ぐ人はハク・メレ。
ハワイでは、ハク・メレによって多くのメレが王族のために紡がれ、歌い踊られてきた。
王族自身がすぐれたハク・メレだった例も多い。
ハワイ王国の王族たちのなかから、後世に残るメレを紡いだ人とその歌の内容を紹介する。

リリウオカラニ女王が残した歌

ハワイ音楽史上もっとも有名なハク・メレ、リリウオカラニ女王は生涯に渡って音楽を愛し、生前150曲以上の歌を書いた。

国王は音楽家

ハワイ語の詩に賛美歌のメロディーを乗せて、現代ハワイアン・ミュージックの土台を築いた彼女の代表作を知っておこう。



He Mele Lāhui Hawaiʻi

E mau ke ea o ka ʻāina
Ma kou pono mau
A ma kou mana nui
E ola e ola ka mōʻī

永遠なれ大地の命
汝の正義のもと
汝の強きマナのもと
命を与え給う、王に命を


ハワイの島々の国土と、そこに住む民を治める王への神の加護を願うこのメレが、ハワイ王国最初のオリジナル国歌。リリウによって書かれたのは1866年、女王になる25年前、カメハメハ五世(ロット)の時代。華族学校時代の学友だったロットが、音楽の才能に恵まれた彼女に直接依頼した。当時ハワイ王国は英国国歌のハワイ語訳を国歌として歌っていた。
28歳のリリウはこの年、カワイアハオ教会の合唱団ディレクターとして働きはじめたところで、国歌お披露目もこの教会で行われた。
これが楽譜出版されたリリウ最初のメレ、つまり音楽家リリウのデビュー曲といえる。
10年後、兄のカラカウアが国王になったとき、彼自身のペンによる『Hawaiʻi Ponoʻī』が新国歌に差し替えられた。

カラカウア王が残した歌



Aloha ʻOe

Aloha ʻoe, aloha ʻoe
E ke onaona noho i ka lipo
One fond embrace, a hoʻi aʻe au
Until we meet again

さようなら、あなた
深い森の奥の香り高い人
優しく抱きしめあったら、私は行こう
また会う日まで


王国を奪われた女王がイオラニ宮殿に幽閉されているときに書いた別れの歌だ、という説をまだ信じているなら考えを改めてほしい。リリウが『Aloha ʻOe』を書いたのは、1877/78年と記録されている。それはリリウが女王になる13年前、イオラニ宮殿の建設さえ始まっていない。
『Aloha ʻOe』が生まれるきっかけになったシーン、男女が「アロハ・オエ」と言いながら抱擁しあったという舞台は、一行とともに馬に乗って行ったマウナウィリ、抱擁し合ったのはリリウに同行した一行の男性と彼を見送る現地の女性だった。ホノルルへの帰り道、生まれたての歌を口ずさみながらリリウは一行とともにヌウアヌ・パリを越えて行ったと伝えられる。


『Aloha ʻOe』を書いてから13年の年月を経て、リリウに悲しい出来事が連続して起こる。
1891年1月、兄のカラカウア王を失い、間もなく夫のジョン・ドミニスを亡くす。女王に即位し職務に就いたものの、ハワイ経済を独占支配するアメリカ人勢力のハワイ米国併合の企てに屈し、2年後ハワイ王朝は転覆。リリウは王位まで奪われてしまった。
1895年、王政復古の努力も虚しく、反逆罪に問われたリリウはイオラニ宮殿に8ヶ月間幽閉させられた。その期間中に書かれたメレのひとつが『Kuʻu Pua I Paoakalani』。
囚われの身となったリリウに許された数少ない外界との接触のひとつが、時折届けられる花束だった。歌詞にある「ウルハイマラマ」はパウオアにあったリリウ所有のガーデン、そして「パオアカラニ」はワイキキにあった自宅の名前。ある日届けられたのが、愛するワイキキの自宅の庭に咲く花だったことに感動し、このメレが生まれたと伝えられる。
この頃の日記に、シカゴの出版社が『Aloha ʻOe』の楽譜を出版しそれが好評だと伝え聞いたことが記されている。『Aloha ʻOe』に「王国転覆の憂き目に合った女王の別れの歌」というイメージがついたのは、こんな背景にもよるのかもしれない。

Kuʻu Pua I Paoakalani

ʻIke mau i ka nani o nā pua
O ka uka o Uluhaimalama
ʻAʻole naʻe hoʻi e like
Me kuʻu pua i ka laʻi o Paoakalani

いつも見る花々の美しさ
山の手ウルハイマラマの花
けれど比較にならない
静寂の中に咲くパオアカラニの私の花々とは


(訳詞:よしみだいすけ)
  • よしみ Nui だいすけ
    Daisuke Yoshimi
    担当講師

    【インタビュー動画あり】 1967年2月9日生まれ、神奈川県横須賀出身。1991 年よりハワイ在住。ハワイ大学卒業。フラ、ハワイ音楽に傾倒するハワイ・スペシャリストとして、ハワイを拠点に執筆・コーディネート活動を行う。ハワイのクムフラやミュージシャンとの親交も幅広い。フラダンサーとして、メリー・モナーク、キング・カメハメハの大会出場経験あり。著書に『たくさんのメレから集めた言葉たち』シリーズ、『LIVE ALOHA~アロハに生きるハワイアンの教え』がある。近年、フラダンサーを対象とした日本での講演・セミナー活動に力を入れている。
    facebook: https://www.facebook.com/NuiDaisuke
    公式HP: http://www.yoshimidaisuke.com/

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